「SACHERTORTE」製作/藤生義治氏
 ザッハトルテを巡るホテル・ザッハとデメルとの争いはあまりにも有名です。
 記録によると、ザッハトルテは、オーストリアの政治家メッテルニッヒのシェフを務めていたフランツ・ザッハが16歳の時、1832年に発明しました。メッテルニッヒは甘い物に目が無く、フランツ・ザッハは「彼はいつも不満足なように何か新しいペイストリーを求めて私を煩わした。それで適当な材料を混ぜ合わせてみた」その結果誕生したのがザッハトルテでした。
 フランツ・ザッハの息子、エドワルド・ザッハは1876年、ホテル・ザッハを創設しました。ところが1892年、若くして亡くなり、ホテルとレストランの経営は残された妻のアンナが引き継ぎました。
 一方、デメルは1786年にルードヴィッヒ・デーネによって創設された宮廷ご用達の菓子店でした。最初のアシスタントだった、クリストフ・デメルが1857年に店の経営を引継ぎ、“the DEMEL”の名は不動のものになりました。デメルはエドワルド・ザッハから製造と《本家ザッハトルテ》と記したプレーン・チョコレート・シールを飾る権利を買い取りました。
 ザッハトルテの独占権を主張するデメルに対し、ホテル・ザッハも対抗、争いは法廷に持ち込まれて、7年間も論議されました。
 オーストリア最高裁判所がホテル・ザッハに《本家ザッハトルテ》の製造販売許可の権利を与える判決を出すやいなや、デメルは《元祖ザッハトルテ》の製造販売を発表しました。
 本家と元祖、ウイーンに行ったらぜひ食べ比べてみたいものです。
 ところで、オーストリアでマイスターの資格を取得した八木淳司氏は「ザッハトルテのポイントは上にかけるチョコレート」にあると言っています。・フォンダンとカカオマスで作るチョコレート・フォンダン、・チョコレート、砂糖、水を112℃まで煮詰めてからマーブル台上で少しずつテンパリングして作るショコラーデングラズール(GATEAUX2000年11月号p.45参照)があり、ドイツで見かける、ガナッシュと洋生チョコレートを混ぜてかけたものはザッハトルテとは別物ととらえられています。
 伝統的、古典的な・の方法は手間がかかって量産できず、時代に合わなくなったのでしょうか。ウイーンでも5、6軒の店しかこの方法を取っていないのだそうです。

参考文献:Foods of the World「The Cooking of Vienna's Empire」by Joseph Wechsberg and the Editors of TIME-LIFE BOOKS
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